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徳島市立 徳島城博物館
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とくしまヒストリー ~第4回~

城下町誕生秘話 -寺町の創設-

 眉山の麓には多くの寺院が集められ寺町を形成した。多くの寺院を集めたのは、各宗派の寺院を大名統制下に置き、一元的に管理しようとした蜂須賀家の政策だ。加えて人々が信仰した寺院を保護することで人心の収攬を図ったことも見逃せない。
 江戸時代中期、元禄4年(1691)の「綱矩様御代御山下絵図」では、眉山の麓には30もの寺院がみえる。この内の半数にあたる15寺院が、細川氏・三好氏の城下町であった勝瑞(藍住町)から移されたものだ。これは注目すべき事実だ。
 徳島に先行する城下町は勝瑞だが、勝瑞から徳島へと引き継がれたものは少ない。武士に関しては、細川氏・三好氏旧臣の蜂須賀家臣団への登用は森志摩守や森飛騨守などの一部に限定され、勝瑞の影響は受けていない。また商人や職人も、江戸後期の藩撰の地誌「阿波志」(徳島城博物館蔵、徳島県指定文化財)によれば、勝瑞から徳島に転入して来た者は確認されていない。以上を踏まえて、勝瑞から徳島へは城下町の継承はないものと考えていた。
 ところが、寺院に関しては勝瑞の影響を大きく受けていたことが分かった。勝瑞において細川氏や三好氏が手厚く保護していた寺院は、蜂須賀氏も引き続き保護したのである。
 徳島城を出て内町を通り、新町橋を渡って新町を過ぎて寺町、大滝山に至るラインは江戸前期には成立していた城下町徳島のメインエリアの一つであろう。この大滝山に広大な境内地を与えられたのが真言宗寺院の持明院だ。勝瑞時代には18貫文(90石)が与えられ阿波国の祈願所であったため、藩祖蜂須賀家政は同寺を引き続き祈願所とした(「阿陽忠功伝」徳島城博物館蔵)。後に寺領100石が給され、17世紀の後半からは藩主の参勤交代日や出発行事である「首途」を占うなど、蜂須賀家の呪術者として重きをなした。城下町を俯瞰する高所に境内地を与えられた持明院は寺町の寺院の中でも格別の存在だった(明治4年廃寺)。
 一般的に、寺院は広大な境内地を有していたため、有事には将兵を駐屯させることができる軍事施設と考えられている。確かに城下町徳島をみると、城の東には慈光寺、西には大安寺、北には興源寺、そして南には眉山麓の寺町があり、あたかも城を囲み守備するように寺院が配置されている。果たして寺院は有事の要塞だったのだろうか。
 城下町のプランニングから判断して、寺院の軍事利用は計画されたものとは言えない。勝瑞から移転された寺院を多く含む寺町の成立は古い。しかし、蜂須賀家の菩提寺、興源寺(寺領550石)は、元は福聚寺といい徳島城北蔵の位置にあり、慶長6年(1601)に助任に移転した(「阿波志」)。福島で広大な境内を有した慈光寺は初代藩主蜂須賀至鎮が、慶長11年(1606)に母慈光院の菩提を弔うために創建している。寺院を軍事的に利用するねらいであれば、徳島築城の天正14年(1586)に遠からぬ時期に、城と連動して寺院が配置されなければならないだろう。慶長5年(1600)の関ヶ原合戦以降の創建では意味がないのだ。
 寺院の配置が軍事的利用を想定したものではないとすれば、何を意図したものか。その一つの答えは寺町を歩いてみるとよい。眉山をバックにした寺町は実に風光明媚で森厳な趣がある。寺院は山号を有するが、それは元は寺院の多くは山にあったからだ。眉山の麓に寺院が多いのは、こうしたことと関係するのであろう。城下町徳島のプランナー蜂須賀家政はそう考えたのかもしれない。


「阿波名所図会」徳島城博物館蔵 文化8年(1811)

[写真解説]
大滝山持明院から城下町徳島を俯瞰した風景。城下を見下ろす位置に立つことがわかる。
「阿波名所図会」は大坂で刊行された阿波の名所・旧跡を紹介した旅行ガイド。

参考文献

根津寿夫「文献からみた城下町徳島の成立」(『阿波の守護所・城下町と四国社会』)
根津寿夫「徳島藩参勤交代に関する一考察 -「首途」についてー」(『凌霄』10号)

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