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とくしまヒストリー ~第19回~

「伊賀町」 -城下町徳島の地名7-

 徳島市伊賀町は、眉山麓に位置する静かな佇まいの住宅地だ。「伊賀」とは三重県の一部を指す旧国名だが、甲賀と並ぶ忍者の里として有名だ。その伊賀の地名が、なぜ徳島にあるのだろうか。
 こんな話が、大正時代の初めに刊行された『御大典記念阿波藩民政資料』上巻に収められている。
 江戸時代の初め、忍びの達人である伊賀者が蜂須賀家を頼って阿波国にやって来た。彼らは伊賀を出た後、出雲国(島根県)の大名堀尾山城守に仕えたが、同家が断絶したので讃岐国(香川県)の生駒讃岐守に仕えた。ところが同家も改易となったので、徳島藩2代藩主蜂須賀忠英の時代に徳島を訪ね、なんとか自分たちを召し抱えて欲しいと懇願したのである。徳島藩では、彼らをどれほど手柄があっても昇進させることはないという条件のもとで、徒士(かち)(歩行(かち))に採用した。徒士とは徒歩で行列の先導等を務めた侍だ(『広辞苑』)。そんな条件を設けたのは、伊賀者は忍びの達人なので戦場での手柄は計り知れないからだという(「将卒役令」)。
 伊賀者の実力は高く評価されていたのだ。いや恐れられていたのかもしれない。
 徳島藩では、伊賀者を士分に取り立てて、「伊賀士」と呼んだ。彼らの屋敷が置かれたのが、江戸時代には伊賀士丁であり、昭和15年(1940)に現在の伊賀町となった(『徳島市史別巻 地図絵図集』。
 伊賀士の仕事は、徒士が務めた行列の先導等が主だったが、元文3年(1738)からは特命を受け、8人を4番編成として、毎日2人ずつ出勤させた。1人は徳島城御殿にいてにらみをきかせた。もう1人は月番の仕置家老宅で同じく警護役を務めた(『藩法集3徳島藩』No.1296)。
 史料をみていると「伊賀役」という仕事がある。これは、藩主の参勤交代に随行し警護にあたった、現代で言えば、エス・ピー(要人の身辺警護を行う私服警察官)のような仕事ではないかと思われる(『藩法集3徳島藩』No.1308)。徳島藩では、要職や藩主近くに勤仕する者は、「御用誓紙」という忠誠を誓う血判状を提出したが、伊賀士は代々、「伊賀役」を務めてきたので提出を免除された。伊賀士は特別に信頼されていたのだ。
 こんな仕事をしていたので武術には優れていた。なかでも、小澤家は代々、貫心流(かんしんりゅう)剣術師範を務めていたから達人クラスだっただろう(「諸士武芸指南仕面々并芸方名目伝来書」)。
 ところで、伊賀士の先祖が本当に伊賀出身で忍者なのか、先に掲げた伝承が真実なのか、彼らの系譜・系図資料である成立書(徳島大学附属図書館蔵)をもとに調査を行った。
 その結果、確かに伊賀出身であることが裏付けられた。
 ただし、忍者ではなく国人領主のような存在であった。彼らは、織田信長に攻められて伊賀から逃亡し、出雲の堀尾家、そして讃岐の生駒家に仕官し、多くは寛永17年(1640)に徳島藩主蜂須賀家に召し抱えられている。「将卒役令」の記述はおおむね裏付けられたのだが、忍者ではなかった。伊賀から出雲、讃岐、そして阿波という伊賀士先祖の軌跡は、「将卒役令」と「成立書」とで類似している。
 注目点は伊賀出身ということだ。小澤家は、豊後(大分県)の大友宗麟(そうりん)の末裔であるのに伊賀に住み着き、同様の経路で蜂須賀家に仕えている(「成立書并系図共 小澤金助」)。
 恐らく、伊賀士なので伊賀出身であることを誇りにしていたのだろう。
 伊賀士たちの誇りが地名として残っているのが、徳島市伊賀町なのだ。


「阿州分限帳」、徳島城博物館蔵、万延元年(1860)

[写真解説]
伊賀士は、名前の上に朱筆で「伊賀」と記されている。


「阿波国渭津城下之絵図」徳島城博物館蔵、天和3年(1683)

[写真解説]

眉山麓の「歩行者(徒士)」が伊賀士丁にあたる。

参考文献

「将卒役令」(『御大典記念阿波藩民政資料』上巻、徳島縣発行、1916年)
『藩法集3徳島藩』、藩法研究会編、1962年
『徳島市史別巻 地図絵図集』、徳島市史編さん委員会編、1978年
『日本歴史地名大系37 徳島県の地名』、平凡社、2000年
高田豊輝著・発行『阿波近世用語辞典』、2001年
「諸士武芸指南仕面々并芸方名目伝来書」、蜂須賀家文書No.784-1、国文学研究資料館蔵
「成立書并系図共 小澤金助」、徳島大学附属図書館蔵
「成立書并系図共 平井宅蔵」、徳島大学附属図書館蔵
「成立書并系図共 箕浦辰吉」、徳島大学附属図書館蔵
「成立書并系図共 坂田曽兵衛」、徳島大学附属図書館蔵
「成立書并系図共 大嶋三太兵衛」、徳島大学附属図書館蔵

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〒770-0851 徳島県徳島市徳島町城内1番地の8

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