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徳島市立 徳島城博物館
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とくしまヒストリー ~第6回~

城下町の成長 -阿波九城解体と城下町-

 蜂須賀家の家臣団は、同家の出身地である尾張国(愛知県)やそれまでの領地であった播磨国龍野(たつの)から入った武士により主に構成された。蜂須賀家は、細川氏や三好氏の旧臣を重臣に登用することはなく、例外が土佐泊(とさどまり)城(鳴門市)にいた水軍の森志摩守(しまのかみ)だ。天下人豊臣秀吉の意向もあり志摩守は、家老に次ぐ高禄3,000石が給された(『阿淡藩翰譜』)。それ以外の阿波の武士は、中・下級家臣または政所(まどころ)(後の庄屋)として支配の末端に連なるにとどまった。蜂須賀家による家臣団形成の特徴は、血縁や地縁を重視したことだった。彼らによって阿波国支配や城下町徳島が形成されたのである。
 徳島築城の頃の様子をみておこう。蜂須賀家政は、徳島城の縄張り(設計)にあたった老臣武市常三に、その功績に報いるため城の北側に屋敷地を与えた。 城の北側は、築城時には人家のない原野で、常三の屋敷が置かれたため「常三島」と呼ばれることになった(「成立書并系図共 太田忠介」徳島大学附属図書館蔵)。城下町徳島において人名の付く地名は常三島だけだ。常三の偉大さとともに、築城当時の城下町の様子がうかがわれ実に興味深い。
 天正13年(1585)から寛永15年(1638)に至るまでの時期は、蜂須賀家の領国支配は重臣を国内9城に置いた「阿波九城制」を採っていた。いわば軍事体制で阿波国の支配を行っていたことになる。重臣たちには蜂須賀家の兵300人が付されており、これに城番の兵が加わると蜂須賀家の軍団の過半が現地にいたことになり、城下町への武士の集住は部分的であった。当時の城下町徳島は発展途上の状態にあったといえよう。
 それが大きく様変わりするのが幕府の出した一国一城令だ。元和元年(1615)に続いて、寛永15年(1638)にも発令され、寛永末年には城番たちは完全に徳島に移った。これに伴って城下町徳島は大改造が行われることになったのだ。
 当時の様子がうかがえるのが「忠英様御代御山下画図(ただてるさまおんだいごさんげがず)」(国文学研究資料館蔵)で、福島東部と佐古、富田が注目点だ。それまで常三島にあった水軍の基地が福島東部に移され、その周囲には船頭や水主(かこ)、船大工の屋敷が設けられた。江戸時代には水軍のことを「安宅(あたけ)」と呼んだが、水軍の基地が設けられたので福島東部を「安宅」と呼ぶようになったのだ。
 村状態であった佐古は、伊予街道沿いに広大な足軽町と町人地に生まれ変わり、同じく村であった富田も武家地や足軽町に取り立てられた。
 また既存の武家地においても屋敷の整理が行われ、城下町の再編が抜本的に行われたのである。
 17世紀の中頃には再編が完了し、武家屋敷や足軽町、商人町、職人町、寺町がそれぞれ整然と配置された近世城下町として徳島が誕生するのであった。
 城下町発展の様子は、徳島城博物館発行『絵図図録第一集 徳島城下絵図』をご覧いただくと手に取るように分かる。お薦めの一冊だ。

3,000石の武士の収入は、年貢率を50%に仮定すると、1,500石が実収となる。あくまでも目安だが、米1石を金1両として、1両を現代のお金10万円とすると、3,000石の森志摩守の年収は1億5千万円となる。たいへんな高給取りといえる。ただし、この収入で家臣たちを養わなければならなかった


「阿波九城と駅路寺」


「江戸前期の城下町徳島」

参考文献

根津寿夫「城下町徳島の再編についてー下屋敷を中心にー」(『史窓』24、徳島地方史研究会、1994年)
根津寿夫「城下町徳島の成立と阿波九城制の克服」(『史窓』41、徳島地方史研究会、2011年)
宇山孝人「二つの「一国一城令」と阿波九城の終焉をめぐって」(『徳島県立文書館研究紀要』6、2014年)

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〒770-0851 徳島県徳島市徳島町城内1番地の8

電話番号:088-656-2525

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