蜂須賀宗員判物(はちすか むねかず はんもつ)

更新日:2019年7月12日

蜂須賀宗員判物(はちすかむねかずはんもつ)の画像

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32.0 cm ×20.2 cm
江戸時代中期
   

 海上方森甚太夫(じんだゆう)宛。帰国にあたり大坂まで船団を指揮し迎えにくるよう命じたもの。慣例として森家には判物が発給された。
 中老森甚太夫(1016石)は、同じく中老で本家の森甚五兵衛(じんごべえ)(2413石)とともに藩主の参勤交代時の海上随行を家職としていた。森家は土佐泊城(鳴門市)にあり、天正年間の長宗我部元親(もとちか)の阿波侵攻に屈しなかった豪族。天正13年(1585)の四国平定戦では秀吉軍に味方し、戦後、阿波領主となった蜂須賀家政(いえまさ)に属し、海戦での活躍が目ざましかった。森家は、代々、海上方を勤め、享保15年(1730)の「海上担任申渡書」が発給され、海上での総帥権が付与された。

徳島市立徳島城博物館

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